21.3.30
3月は明日で終わり。ヒャッホー。
文章を書くとき、よそよそしいというか、かしこまるというか、なんかよそ行きみたいな感じがする。ブログとかは、思いついたことそのまま書いてるだけなんで、そんな感じはしない。
しかし、私は、いつもやってる本屋の仕事とか散歩したこととか、そういうようなことを書きたいと思っていて、それと、かしこまる感じの文章が噛み合わなくて、書けなかった。
今日、遠くの知り合いの人が、小説の言葉は絵を描いているときみたいに、同時に、いろんなことを表現できる、普段使っている言葉とは違う、いつもなら絶対に隣同士に並べない言葉を並べてもいいし、そうやって言葉を練るのが楽しい、みたいなことをインスタで言っていた。
それは保坂さんもよく言っていることだけど、遠くの知り合いは絵も描く人で、その人はその人の仕方で、文章も絵を描くことも飲み込んでいて、いいなと思った。
それで、本屋の仕事のことを、かしこまるわけでもなく、いつもの言葉でもなく、そのときには言葉にならなかった、目には見えなかったもの、在ったことはわかっているけどはっきり在ったと人には言い切れない何かのことを思いながら書いてみた。
私にとって、言葉を練るとか、文章を書くということは、在るのはわかっているけど何と言えばいいかわからないもののことを言う事だった。本屋の仕事は楽しくて、在るとわかっているものにばかり気を取られていたけど、そこにもちゃんとわからないものは在る。
30分くらいの出来事を1時間かけて書いた。時間も伸び縮みするし、関係なくなる。
呪術廻戦の漫画を借りて読んでいる。
小学生のときダイの大冒険が好きでよく真似して絵を描いていたけど、その感じを思い出してなんかいっぱい絵を描いてしまう。楽しい。画力は当時と変わってない、というか、今の画力はほとんどその当時培われたものだ。